2004年6月24日


ついに、私もニカラグァの新聞にデビューする事が出来ました。

写真写りは良くないものの、左の写真は新聞に載った写真です!
サンマルコス市内で活動している事等を取り上げられ、
市内では、一躍有名人(?)
ようやく、こつこつとしてきた活動も、認められてきたような気がします。

そして、ニカラグァ生活もあと3ヶ月。
残りの日数が少なくなるにつれ、
時間の過ぎるのが早く感じてきています。

残りの活動を、楽しみながら、
多くの子供たちの笑顔に触れて行きたいと思っています。
目標は、新聞表紙一面トップニュース、カラー写真か・・・。

新聞記事は次のアドレスでチェックしてください。

http://www-ni.elnuevodiario.com.ni/archivo/2004/junio/24-junio-2004/departamentos/departamentos-20040624-06.html     


不二家へ 赴任してから約2年。地道な活動がこうやってニカラグアの新聞で記事になって、本当に良かったね。
残念ながら(スペイン語がわからないので)記事の内容は詳しくはわらないけれど、だいたいは想像できるよ。
2年前と今とでは全然違う、ニカラグアの子ども達にとけ込んできた不二家がいるね。
「不二家のニカラグア通信」は、もう<通信50>となっています。滞在の時間は残り少なくなってきたけど、
これからも、ニカラグアの子ども達の様子を、笑顔を、日本のみんなに知らせて下さいね。   Joh





記事の内容です(不二家から)

サン・マルコスに、日本の高度な仕事!![青少年に工作を教える。]
木村愛は、青年海外協力隊として、サン・マルコスに一年半前からいる愛嬌のある少女である。
これまで木村はニカラグァを十分に熱愛し、援助する価値がある街の“素敵な人”と出会った。
木村は日本の首都東京からサン・マルコスに第3に重要なカラソ県で 児童・青年の援助のために働くために到着した。[ニカラグァに縛られた!]
この少女によれば、日本でもニカラグァと同種の仕事をしていた。青少年に対し、工作を教えていた 。

社会科学を学んだとしても※1。
   日本では子供達に音楽を教えていた。※2
また、青少年のキャンプにも参加した。
これらの知識は、今のサン・マルコスの青少年に対する仕事にも当たる 。
これらは、青年のドラッグや悪癖を遠ざけるのを保つ精神を大きく刺激するのに貢献してきた。
長い2年間を過ごし、間もなく日本に帰り、いなくなってしまう。しかし、いつもニカラグァとつながり、素晴らしい習慣や伝統に縛られると語った。


※1:うーん、私は体育大学を出たんだけどなぁ・・・、どこから社会科学になったんだ???
※2:いやいや、私が音楽(リコーダー)を教えているのは、ここ、ニカラグァなんだけどなぁ。。。

訳すのって、大変。何となくニアンスが伝わったでしょうか?
要するに、私は1年半前からサン・マルコスで工作教室を開いていて、ニカラグァが大好きで、たまらないと!そんな感じかな。